メダカの稚魚が奇形で生まれたら―生死を決めるのは飼い主次第、判断に迷ったら

メダカの稚魚とミジンコに萌え死寸前の里山です。

幹之の孵化が始まって数日が経過しました。軽い背骨曲がり的な子は既に生まれていたのですが、ここに来て決定的な奇形が生まれてしまいました。

次世代に残す子は綺麗な姿で――

そう考えた時、奇形の子は間引きの対象となってしまうのですが、なかなか決断が出来ません。

Cの字で生まれた子

卵膜が硬かったか、或いはもともとの生命力が弱かったのか。上手く殻を脱ぐことが出来なかった子が、Cの字で生まれて来ました。

2時間程経過観察しましたが、事態に進展は見えず。生きてはいるものの、どうやらこの子は身体に重篤な障害を抱えてしまったようです。

自然下であるなら

間違いなく死に至る個体です。

先ず泳ぐことが出来ません。即ち、外敵から身を守ることが出来なくなります。エサを食べることも難しいでしょう。

幾度かの幸運が重なり生き延びれたとしても、その姿では生殖が出来ません。ヒトの倫理観を抜き、普通に考えれば、自然淘汰されていく個体です。

ヒトが管理するということ

情緒や倫理を持ち合わせるヒトは、野生動物とは一線を画します。(=他生物と異なるが、優れているというわけではない。)

死に行く個体でも、「何とかして生かしたい」という思いが生まれます。

この思いが、時に辛さを招きます。

一匹で生きていくには難しい状態で生まれた稚魚を、どうするのがベストでしょうか。

――介錯するのも優しさなれば、生かすのもまた優しさ

答えは1つだけではありません。自分のベストを尽くせば、それで良いのではないかと思いました。

メダカが何を思っているかは私たちにはわかりませんが……。

視線の先にあるもの

肉眼では見えなくとも、カメラで写すことではっきり見えるものがあります。

Cの字で生まれた稚魚をデジカメで撮影、PCで画像確認をしていた時のこと。稚魚の目が、真っ直ぐにこちらを向いていることに気づきました。(ブログアップの画像ではわかり難いですが、この子の目線はじっとカメラを捉えているようです。)

自己に迫る危機に目をやっていたのだろうと思います。

思ったより相手は見ている

メダカは見ていないようで、私たちヒトをよく見ていると思います。

感情や言語といったフィルターを通さない分、純粋にその行動を観察しているだろうと私は思っています。

Cの字で生まれて来た稚魚は、じっと私の行動を、自分を取り巻く世界を見ていることでしょう。

ヒトのような感情は無いと思います。

淡々と、自分に起こる全てを観察しているのだろうと思います。

自分に出来ることは?

奇形で生まれた子を「要らない」と処分することも出来れば、その出会いを大切にし「生かす」という選択も出来ます。

前述しましたが、それが自身の「ベスト」であるなら、どちらを選択しても良いと思います。大切なのは、そこから「何を学ぶか」ではないかと思います。

おわりに

まだまだ孵化直前の卵は沢山あります。この先、もっと印象の強い出会いがあるやも知れません。

奇形のメダカもリハビリを行えば、健康体の子たちと変わらない生活が送れるのでしょうか?

何か良いトレーニング方法はなかろうかと思案する、4月下旬の午後でした。